福井貞子『野良着』(のらぎ)は「ものと人間の文化史」シリーズ95として2000年に刊行されました。
山陰地方の農山村に暮らしてきた農民たちの作業着・仕事着をコレクションし、聞き書きもまじえてまとめた1冊です。
着物の改縫いや組み合わせの知恵もくわしく紹介しています。この点が本書の醍醐味に感じました。
そして、1枚の長着物が2枚の法被(はっぴ)に変化したことのダイナミズムを写真とイラストの両面でとらえています。
この点も本書の特徴です。
写真とイラストのセットがとにかく多いので、古い着物を見て読んで楽しむにはもってこいの本です。自分でも服をリメイクしたり修理したりできそうな気分、昔の農民女性の知恵をもらった気分になります。
あと、本書がボロ着や野良着を着物や和服の一環とみなした点はナイスです。タイトなワンピース着物だけを和服とみなす人たちにたいしてアンチテーゼになります。
野良着(福井貞子):ものと人間の文化史
筆者がいうのは、農山村の地域独特の生活様式になじんでいた衣服は、高度経済成長期以降、急速に洋式に姿を変えました。
また、さまざまな薬製の仕事着が処分され、伝統的手工芸文化の破壊が進みました。
古い野良着がどんどん減っていくなかで筆者は山間の村々を歩いて資料を集め、聞き書きを続けたそうです。
でも、明治期の野良着について語れる人はほとんどおらず、また、過去の貧困や苦悩の象徴のような野良着を語りたがらず沈黙を続けた人が多くいたそうです。
おまけに、聞き書きの対象になった人たちの多くは身辺のボロ布を処分していました。
このように聞き書き調査はかなり難航したようです。
19世紀末から20世紀初頭ころの日本では人口の約8割が農民であり、着用した野良着について述べるのは、かなり広範囲で大変な作業になります。
いろんな障壁があって筆者は、かぎられた地域を発掘調査しながら収集品の分類整理をして、着物と被りもの、履物、付属衣などを計測して作図と聞き取りをまじえました。
これが本書となったわけです。
そうこうして、山陰地方の人びとが仕事をとおして受け継いだ野良着の形態や着装姿をコレクションしていき、収集資料を精査して提供者たちに語ってもらったそうです。
19世紀後半から1965年ころまでの衣料品が対象です。元農民の女性たちの内面にも光をあてたいとして、著者は、着物の更生・改縫いやボロ布の接ぎ合わせなどを人生に重ねようとします。
著者の野良着への視線は次の一文に集約されています。
着古しの野良着の魅力は、木綿の柔軟性と、補強されアレンジされた美しさであり、人びとが素肌で着用し、体臭のしみこんだ布の温もりはまだ失われていない。福井貞子『野良着』法政大学出版局、2000年、iv頁
戦後の産業構造の変化によって兼業農家がふえ、大型機械の導入によって営農法に替わった日本の農業。
これにともなって仕事着の素材は化学繊維が好まれ、既製服化も進んだと著者は嘆きます。
既製服化はどうでしょう。仕事着・野良着などの既製服化を戦後や高度成長期に求めるのはかなり時間がずれています(後述)。
本書の難点
「わたし知ってるで」紹介をした本なので、日本衣服史上で野良着がどれほど一般的だったか、近代日本の和服の洋服化で野良着はどんな変化をしたのかしなかったのか、といった問題関心がありません。
著者は野良着を着物や一種の和服として話を進めています。ややアンチ洋服色の発想が読んでいて伝わってくるが少ししんどいです。
機械化営農の発達とともにアクティブな衣装が普及し、ユニセックスな仕事着が広まるだろうと、執筆された2000年以降を予測している点が当たっています。
でも、野良着という伝統文化の語り継ぎの必要性がどうして大切なのかという筆者の願いと繋がっていない気がしました。
伝統の継承とは簡単にいわれ続けてきたことですが、目前や過去にあった変化ばかりに気をとられ、変化自体に歴史があることを看過している点が本書を読んでいて物足りなかったことです。
「はじめに」で述べている点、つまり農山村の生活になじんでいた衣服が高度経済成長期以降に洋式へ変わったという見方。
仕事着や野良着の歴史をみていても近代日本では1900年頃には洋服化した和服が着られていました。先述しましたが、仕事着・野良着などの既製服化を戦後や高度成長期に求めるのはかなり時差がずれています。
1900年ころには仕事着や野良着の部門で既製服化がかなりひろく浸透していたことが最近わかってきました。この点は次の本にくわしいです。
高度成長期が一つの画期になったのは確かだとしても、この時期が伝統的な仕事着や野良着の、あたかも最初で最後かのような認識は甘いとしかいいようがありません。
まとめ
福井貞子『野良着』は山陰地方の農山村に暮らしてきた農民たちの作業着・仕事着をコレクションし、聞き書きもまじえてまとめた本。
着物の改縫いや組み合わせの知恵をくわしく紹介し写真とイラストのセットがとにかく多く、この点に本書の醍醐味を感じました。
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