現代和服は遊びを抜きとりタイトな衣服になっていますが、近世の浮世絵のように19世紀和服にも衿元や胸元と端折りに遊び(ゆとり)がありました。
この記事では19世紀和服の写真をいくつか提示して、多様性や自由性を確認します。
そして19世紀和服にみる端折りと胸元・衿元の関係を考えます。
19世紀和服の多様性と自由性
着物の自由な着方:椅子と女性(1865年)
次の写真は「椅子と女性」と題されたもので、1865年に写真家フェリーチェ・ベアトが写しました。
着物の自由な着方を示すわかりやすい写真です。
抜き襟(仰け領)をしているためか、襟が浮いて首元が露出しています。半衿をつけていないので胸元も広がり気味。
帯の位置が低く、太めの紐を使ってやや無造作に結んでいるため、脇下から帯にかけて皺がめだちます。裾部分にも大きな皺がたくさんあります。
帯の位置が低いぶん、衿元・胸元に緩みが発生しています。
このようなことから、女性は撮影にむけて動作を控えたわけでもなく、ひょっとすると、昨日まで着ていた普段着で撮影に臨んだかもしれません。
端折りとゆるい衿元の例:滋賀県の商家の人々(1884年)
次の写真は1884年に「滋賀県の商家の人々」を写したものです。
服飾史家の大丸弘は論文「現代和服の変貌」で、端折りと緩い衿元の例としてこの写真を挙げています。
左の女性は帯と衿元が低く、その分の布が端折りにきているため、端折りは皺くちゃになっています。現代和服では端折りを水平に着付けますが、これとは程遠いものです。
真ん中の女性もかなりラフに着ていますが、帯と衿元が高めにあるため、端折りの皺は左の女性ほどめだちません。
右の女子も帯と衿元が高いため、端折りに皺が寄っていません。でも、背丈が低いために端折りがかなり出ています。
はしょりのゆるやかさの例:兵庫県下の豪商の妻と娘(1880年代末)
帯や衿元を高くピンと張る一方で、端折りを緩く着ることもありました。
次の写真、「兵庫県下の豪商の妻と娘」と題されたものを見ると、二人とも衿元を高めにまとめています。
でも、帯と紐はラフに結ばれていて、帯の下に端折りが大きくはみ出しています。端折りが立体的な緩みをもっています。
端折りのみえない着付け
それでは、端折りから緩やかさを消去したり、端折りを見えないようにすると、衿元や胸元はどうなるでしょうか。
それを示すのが次の写真です。
端折りのみえない分、布のゆとりは胸元や衿元に上がっていて弛んでいることがわかります。
端折りと胸元・衿元の関係
端折りを隠すと(減らすと)胸元・衿元が緩み、端折りを増やすと胸元や衿元の皺が減ります。これが端折りと胸元・衿元の関係です。
和服が端折りを発生させるかぎり、胸元・衿元と端折りのどちらに緩みや弛みを発生させるかという問題を抱えます。この問題の解決は別途。
次の写真は1924年の東京日本橋あたり。
胸元や衿元の緩み(ゆるみ)がなくなり、帯や端折りには弛み(たるみ)が見られません。
この着物はすでに現代化された洋服です。
この着物に現代和服への出発を確認できわけですが、前近代を引きずった点も確認できます。
端折りは平面的に整っていますが、胸元や衿元の緩みを消した反動で、端折りが浮いています。現代和服は、その「浮き」までも抜きとりました。
おまけ:皺の美学
最後に一つ、カッコいいのを。
かなり皺がめだちます。
左腕の袖の見せ方とマフラーの角度が並行して流線状になっているので、むしろ皺がめだつことがこの写真の醍醐味になっています。20世紀以降の現代人が忘れたかのような、皺の美学です。
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